docomo X AMITA 未来の種プロジェクト 〜南三陸町 森・里・海 ものがたり〜

未来の種レポート

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本多 清の南三陸ものがたり

Vol.1:よみがえる薬草の郷づくり

南三陸 ”福幸の郷“便り 「よみがえる薬草の郷づくり」

山あいの斜面に広がる畑と、ポットに入った膨大な量のトウキの苗を前に、スタッフたちが不安そうに話しあっています。

今日は薬草トウキの苗を植える植栽イベントの日。目の前に広がる「復興ガーデン」の畑は2反ほどの広さがあります。このうちトウキの苗を植えるのは半分強の12アール。学校プールの4倍はある広さです。地域の人々にも事前アナウンスはしていますが、さてどれだけの人が駆けつけてくれるのでしょうか。

  • 総勢50名近い参加者の手で予定通りに作業完了。背後の山は金山にまつわる神様が奉られる入谷地区のシンボル、童子山です。

植栽するトウキは漢方薬の原料となる植物で、身体を温める効果があり、婦人病の漢方薬には欠かせない原料のひとつとなっています。日本ではかつて「仙台当帰」の名で知られ、江戸時代末期までは民間薬として東北地方(宮城・岩手両県)に自生していたものを採集して出荷されていたそうです。その後、漢方薬としてのトウキ(当帰)は中国から移入されたものなどが中心的に栽培・流通するようになり、日本古来の原産地であった東北産のトウキは次第に忘れ去られていきました。

「未来の種プロジェクト~南三陸町 森・里・海ものがたり~」では、復興を支援する取組みのひとつとして、日本では東北が発祥の地だったトウキの生産を、この地で復活させようとしています。
海岸線からすぐに山間部の地形となる三陸地方では、麦や大豆といった大面積での土地利用型の畑作物では平野部との競争で不利であることは否めません。より換金性が高く、付加価値化が見込める薬草、それも宮城県が発祥の地であったトウキの栽培を復活させることで、地域社会の再活性化を担う特産物にしていこうというものです。

  • 千葉大学の環境健康フィールド科学センターから届いたトウキの苗。セリ科の植物で、セロリによく似た香りがします。

今回トウキの苗を植える畑は、南三陸町の沿岸部から内陸部に入った入谷地区の、有休農地だったところ。周囲を山に囲まれた入谷地区は、かつては奥州藤原氏の黄金文化を支えた金鉱山があった地域で、文化的な遺跡や伝承も数多く、「宮城の遠野」とも呼ばれる地域です。

東日本大震災の際、入谷地区は津波に襲われた沿岸部の志津川地区の人々を救援する前線基地となりました。まだ津波警報が解除される前に救助に向かった人も少なくありません。そして今、入谷地区は、昔ながらの里山の風景の中で暮らす「山びと」と、被災地の町から仮設住宅に移住してきた「浜びと」が共に暮らす地域となっています。

今日の植栽イベントにも、住まいや職を失い、入谷地区で農作業に取組んでいる「浜びと」の女性たちが参加することになっていますが、それだけではとても人手が足りない状況でした。

「…あのバスはなんだろうね?」
スタッフのひとりが指差す先に、田畑の景色にそぐわない一台の大型バスが止まりました。ドアが開くと、長靴を履いた野良仕事姿の人々が続々と降りてきます。しかも、赤いドコモのジャケットを着た人もいます。偶然にも、復興支援のためにドコモグループ社内でのボランティア召集に応募し、この日に南三陸町にやってきた全国の拠点からの皆さんが、町の災害ボランティアセンターから派遣されてきたのでした。

  • 災害ボランティアセンターから派遣された頼もしい援軍が畦道を行進してきてくれました。

まさに天の助けです。
数十人もの人海戦術で、果てしなく続くかと思われた植栽作業は予想を上回る速度で順調に進み、予定していた午前中に作業を終了することができました。
「前に来たときは瓦礫処理の作業を手伝わせてもらったんですけど、こういう農作業は達成感がありますね。やっぱり、未来に向かって育っていくものだからかな」
東京から来たという男性社員の方の言葉が印象に残りました。

  • 雑草よけのシートにあけられた植え付け穴の中に、ひとつひとつ苗を植えていきます。
  • 入谷地区の皆さんや被災した地域の方々も一緒に植え付け作業。夏の後半頃に最初の収穫が行われる予定です。

あの震災の日から1年半近く経ち、震災や復興のことは、もう語り尽くされていると思う人もいるかもしれません。でも、本当に大切なことは、まだ語られていないようにも思います。

このページを訪ねてくださった方に伝えられることも、ごくわずかなものかもしれません。それでもあの日から、そして今、南三陸町で起きている様々な物語をご紹介することが、被災地の復興と、今の私たちの暮らしで見失われている「大切なもの」を見つけ出す手がかりになるのではないかと思います。